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『住宅建築』5月号は、アプローチは違えど、環境問題の克服という共通の目標へと歩んでいる二人の建築家を特集します。


住宅の機械生産化を推し進めたことで知られる建築家・池辺陽の元で建築を学んだ吉田桂二が、仲間とともに創設したのが「連合設計社市谷建築事務所」です。
日本における機械生産の方向性が品質追求から大量生産へとシフトする中、古民家と出会った吉田は伝統的な建築文化の担い手として活動し始め、そのまなざしは自ずと環境共棲へと向けられて行きます。
本特集は、戸建住宅から民家再生、公共施設に至るまで、同じまなざしで貫かれた数々の事例と共に、その思想と技術を紹介します。


第一特集「連合設計社市谷建築事務所―あるいは吉田桂二のまなざし」より。「内子町図書情報館」(設計=連合設計社市谷建築事務所、写真=木寺安彦)。
 


大がかりな機械や電気エネルギーに頼らず快適な室内環境をつくる手法をパッシブデザインと呼びます。
敷地周辺の気候特性が重要な手がかりとなるパッシブデザインは、古民家のような地域に根ざす建築手法の進化した姿とも言えます。
ここで紹介する小玉祐一郎は、日本におけるその第一人者です。
小玉はパッシブデザインを通して、いつの間にか忘れ去られようとしている地域性の回復、そして身体性の復権を訴えます。
本特集は、そんな小玉自身による実践例を紹介しながら、パッシブデザインの手法を具体的に解説します。


第二特集「小玉祐一郎のパッシブデザイン」より。「パッシブデザイン詳細図集」(写真=栗原宏光)。

 

吉田桂二(よしだ・けいじ)略歴
1930年岐阜県に生まれ。1952年東京美術学校(現東京芸術大学)卒業。建設工学研究会・池辺研究室を経て、連合設計社市谷建築事務所共同主催。1973年日本大学理工学部非常勤講師。1988年熊本大学客員教授。1993年東京芸術大学客員教授。2003年吉田桂二の木造建築学校開校。2000年同社代表取締役。

小玉祐一郎(こだま・ゆういちろう)略歴
1946年秋田県に生まれ。1969年東京工業大学卒業。1974年同大学大学院修了、同助手。1978年建設省入省。建設省建築研究所、第5研究部部長を歴任。1998年〜神戸芸術工科大学教授、エステック計画研究所主宰。


   



 


 


2007年5月号 目次

編集言
  ……平良敬一


第一特集
連合設計社市谷建築事務所 あるいは吉田桂二のまなざし

木の家を創造し、木の文化を継承する
連合設計社市谷建築事務所五〇年の歩み
 ……吉田桂二

環境共棲住宅の持つべき資質
 ……岸未希亜

屋根が織りなす空間で庭を愛でる家
岡山の小邸

複雑な平面により光と風を取り込む
桑名の家

林の斜面に建つ開放的な山荘
甲斐大泉の山荘

森にたたずむ住まい
軽井沢の山荘

新しい内子の町並をつくる
内子町文化創造センター/内子自治センター・内子町図書情報館

米蔵を保存再生し街並みの記憶を残す
高瀬蔵

生家を保存再生して町のコミュニティに
真田の家

小千谷の民家を移築再生し、現代の住まいに
渋谷の家


第二特集 
小玉祐一郎のパッシブデザイン

「 五感で感ずる建築」のほうへ
正の循環に向けて
  ……小玉祐一郎

エステック計画研究所の住宅五題

パッシブソーラーハウスによる実験住宅
つくばの家1

シンプルな鉄骨造と多様な蓄熱部位
つくばの家2

躯体の熱容量を生かすRCブロック造
つくばの家3

パッシブデザイン詳細図集

南面の光に溢れる高台の木造住宅
横浜・山手町の家

日射と通風、眺望をデザインしたコミュニティ
野川エコヴィレッジ


連載
世界の集落めぐり 第6回
ヤイツェ‥ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セントラル・ボスニア県
 ……文・写真 太田邦夫

まちと建築を再生する 第3回
大月の魅力新発見の旅
 ……鈴木喜一、大窪恭子


記事
幻庵亭主 榎本基純さん追悼(みかん狩り)通信
 ……寺川千佳子


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