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2008年の最初を飾る1月号は、建築家・清家清を特集します。


戦後モダニズム建築の巨匠の一人である清家清が亡くなってから、早くも3年が経とうとしています。
その知名度の割に、建築家としての功績や、その代表作を知らない人は意外に多いのではないでしょうか。
本特集では、代表作として自邸「私の家」シリーズと神戸に建つ華道・小原流のための建築群を紹介するとともに、さまざまな側面から光を当てるべく、林昌二、石山修武、小玉祐一郎等、名だたる建築家が寄稿。
それだけでなく、いまの建築に清家清のエッセンスがどのように流れているかを探るべく、古谷誠章、野沢正光、大谷弘明の自邸を取材、清家からの影響について語ってもらいました。 過去と現代を繋ぐ、新年にふさわしい一冊です。



特集「清家清――素型としての空間」より。いまなお生き続ける「私の家」(1954年、設計=清家清、写真=大橋富夫)
 


清家清(せいけ・きよし)略歴
1918年京都市生まれ。少年時代を神戸市ですごす。1941年東京美術学校建築科(現・東京芸術大学)卒業。1943年東京工業大学建築学科卒業、 太平洋戦争に従事。海軍技術見習尉官・中尉・大尉、海軍兵学校教官。 復員後、東京工業大学助手・講師・助教授を経て、1962年東京工業大学工学部建築学科教授に累進。1968年デザインシステム設立。1977年東京芸術大学美術学部建築科教授併任。1979年東京工業大学を定年退官、同大学名誉教授の称号を受く。1981年日本建築学会会長(〜82年)。1989年東京建築士会会長(〜93年)。1991年〜97年札幌市立高等専門学校校長。

デザインシステム代表取締役
2005年4月8日逝去(享年86歳)


   



 


 


2008年1月号 目次

特集
清家清――素型としての空間

作品
私の家――1954年
  清家清
続私の家――1970年
  清家清+デザインシステム
倅の家――1990年
  清家清+デザインシステム
生活へのまなざしが体現された、いまなお成長し続けるすまい

小原流家元会館――1962年
  清家清
小原流盛花記念館――1962年
  清家清
九重坂の家――1967年
  清家清+デザインシステム
小原流芸術参考館(現・豊雲記念館)――1970年
  清家清+デザインシステム
神戸の街を見下ろす傾斜地に埋め込まれる4つの個性的な建物


「すまい」一考
 ……清家清

清家清ノート
 …‥石山修武

歴史の中の清家清――清家清をどう学べるのか
 ……渡邊大志

インタビュー
身近な家族環境のなかでの清家清
清家篤、八木ゆり、八木幸二、ジョーデン・犀、角永博
 聞き手:平良敬一

対談
清家清の建築を語る
 ……林昌二×古谷誠章

作品
私たちの家・2期――1978年
  林昌二・林雅子
半世紀以上にわたり増改築をしながら
私たちの家・1期を包み込むように住み継ぐ

ZIG HOUSE/ZAG HOUSE――2001年
  古谷誠章/NASCA
既存樹に囲まれた庭が親世帯と子世帯の暮らしと思い出を
緩やかに繋ぐ

総論
「目覚めを待つ可能性」の過去を見つめる
――清家清のモノづくりの作法
 ……平良敬一

詳細図
図と証言で辿る『私の家』の技術
証言=佐藤正巳、柴田悦雄
 レポート=趙海光

寄稿・作品
清家清の建築観と私の建築観
新しい「美」を生みだす独創性
 ……野沢正光

相模原の家――1992年
  野沢正光建築工房
せんだんの茂る中庭を中心に緑を楽しむシンプルな構造と
デザインの自邸

「間」にひそむ清家清の美学
 ……小玉祐一郎

高知・本山町の家――2002年
  小玉祐一郎+エステック計画研究所
自然の暖冷房システムを備え共生する住まい

「家族・家庭・暮らし」を見つめる住まい
 ……大谷弘明

積層の家――2003年
  大谷弘明
優しい表情のコンクリートがつくりだす民家のような空間

追悼
村田靖夫さんを悼む
 ……大澤良二

連載
世界の集落めぐり――個性豊かな場所を求めて 第10回
ジェラヴナ:ブルガリア、スリヴェン州
 ……太田邦夫


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