『住宅建築』9月号は、建築家としての立脚点をどこに置くか? そんな問いかけを自らに課した人々を紹介します。

数多くの住宅を設計する建築家という職能においても、その<自邸>は重要な位置を占めます。
日々の営みのみならず、建築設計の拠点となる<自邸>には、その建築哲学が凝縮しているのです。
めまぐるしくかわる情報やデザインに流されがちな昨今にあって、私たちの立つべき場所を見直すべく、本特集では4人の建築家と5つの自邸を通して、それぞれの多様な建築哲学に迫ってみたいと思います。

特集「自邸にこめた建築哲学」より。谷中の町家(設計=香山壽夫建築研究所 写真=相原功)
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甲陽園・目神山(兵庫県西宮市)は、関西の緑豊かな山の手住宅地のひとつ。しかしほんの30年前まで未開発の山林でした。
インフラも未整備で、公道もいまだ砂利道だったこの地に、1軒の自邸を建てた建築家・石井 修。その後石井によって建てられた20軒(うち2軒は計画案)の目神山の家によって、地域の豊かな自然と暮らしとの関係性が町となって創り出された。それは、まだ何もない所に描いた目神山の町の構想が、そのまま実現されているのかも知れない。建築家としての人生を、この目神山の町の成長ととも過ごした石井の仕事とはどのようなものだったのか。今再び、その業績をきちんと評価したいと思います。今回は最期の仕事となった21番、22番の家を中心に、目神山の仕事を紹介するとともに、石井に師事した建築家・竹原義二、遠藤秀平の両名に、わが師を振り返ってもらいます。

第二特集「石井修 生涯をかけた仕事 目神山の家」より。自邸・目神山の家1(設計=石井修/美建・設計事務所 写真=市川かおり、大橋富夫)
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住宅づくりの環境から様々な<自由>が奪われようとしています。その一つが、材料、工法を選択する<自由>です。
かつて当たり前のように行われた、現場の土を掘り、近所でもらいうけたワラとともに練りこんで壁に塗るというプリミティブな作業が認められない不思議。
今回は、材料・風土・素材が密着した左官の世界の魅力をもう一度見つめ直し、現在の家づくりにどうやったら取り戻すことができるか、考えます。
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2007年1月号特集「内藤廣の風景論へ」の巻頭で、「場所」と「土地」21世紀の建築に向けてという場所論を掲載しました。その時には、論旨が煩雑になることを避け、あえて住宅には触れていません。今回は住宅論として「生と死の観点から」を掲載しています。加えてNPO法人「場の研究所」主宰の清水博さんと内藤さんの対談「いのちの願いを共有する場で生きる」、山田脩二さんの写真「光と影」を合せて掲載しています。
清水博さんは西田幾多郎の哲学をよりどころに、現在の経済優先主義の社会を変えるためのソフトウエアを整えようとされています。また、山田脩二さんは若いころから旅を続け、その場に漂う雰囲気を独自の視点で切り取り、私たちをその場に引きずり込み、問題提起をします。今回の記事を通して明治以降、日本が歩んできた道を今一度立ち止まって、建築の側からだけでなく、広く顧みていただく企画としています。
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